秋の夜長に『哀しい気分でジョーク』


幼い頃、人は死んだらどうなるんだ?という疑問が頭から離れず夜眠れないときがあった。そこで母親を叩き起こし、疑問をぶつけると、そんなことは知らない、と一喝。母親は続けて「人は必ず死ぬの。だって死ななきゃ人の重みで日本列島は沈むのよ。それで死んだら元も子もない」と小松左京の小説みたいなことを笑いながら言った。なんだ、そうか、そういうことか、と頷いた俺はすぐに寝付いたのを今でも覚えている。後に寅さんが『男はつらいよ』で同じような事を言っていたのを知るのだが、その時は母親の言葉に凄く感心したものだ。一方父親はその時、馬鹿でかい鼾を掻いて爆睡中。

 

『哀しい気分でジョーク』は大人っぽくて立派な息子と不真面目な人気お笑い芸人の父を描いた親子の物語。

父親の五十嵐洋は子供をほったらかしてタレント業やお偉いさんとの飲みに大忙し。小学六年生の息子、健は大好きなクラシックをカセットレコーダーから流し、夜な夜な六本木を散策。母親は洋に呆れてオーストラリアへ移住。そんな時に健の脳が腫瘍に犯されていると知った洋は父親業に専念することを決意する。とは言っても、家のことなど何一つやってこなかった洋はてんてこ舞い。寧ろ健のほうが父親のようだ。

 

そんな頼りない父を演じるのは世界のタケちゃんこと、ビートたけし。『哀しい気分でジョーク』が公開された80年代当時ビートたけしはノリにノッていた。バラエティで活躍し大島渚の『戦場のメリークリスマス』に出演、その数年後には『その男凶暴につき』で監督デビュー。まさに五十嵐洋の置かれる状況とビートたけしの状況はピッタリ。役柄とシンクロしたのかビートたけしの演技がずば抜けていて、共演者の石倉三郎や柳沢慎吾が薄く感じるくらいだ。監督は喜劇映画ばかり撮る瀬川昌治だから、タケちゃんの余計にのびのびとした演技は見ものだ。

 

さて、話をストーリーに戻すと、父親でもありコメディアンでもある洋はなんとか喜劇的に振舞おうとする。が、空回り。終いには「お父さんといると疲れるんだよな」と健から言われ、どうすることも出来ず、弟分の善平や友人の悠子に任せてしまう。そこで洋は自分の不甲斐なさに気付く。売れっ子芸人でも、父親としては全然駄目なのだ。健を治療してくれる病院も見つからず、時間だけが過ぎる。それでも、今できることをしようと母親のいるオーストラリアのシドニーへ健を連れて旅立つ。しかし健は日本へ戻る飛行機の中で洋の腕に抱かれながら死んでしまう。

 

帰国後、以前の生活が洋を待っている。仕事のオファーに叫びまくるファン。事務所の社長は洋を悲劇の父親として祭り上げ「子供が死んだのが売りもんやないか、売るしかねぇだろ」と一喝。洋は最後「そういうことか」と呟き、ステージの上に走り出す。不真面目を真面目に、それがコメディアンなのだ。なんて格好良い親父なのだろうか。

『哀しい気分でジョーク』は親子の絆を通して、芸人のあるべき姿を再確認する男の映画なのだ。

 

この映画を全国の父親たちにも観て欲しいもんだ。特にうちの親父に観て欲しい!

アイツときたら、暇なときはぐうたらして、暇じゃないときもぐうたら。年々頭は薄くなり、ブクブクと太って行く。息子の俺は「あぁ嫌だ嫌だ」「絶対オヤジみたいにはならねぇぞ」と思ってはいるがやはり親子。血が繋がっているからか最近俺の腹の周りにみるみる脂肪が蓄えられていく。そんでもって髪もどんどん抜け落ちている。そう落ちているのだ......おあとがよろしいようで!

オシリ・ギャラガー

悲しいジョーク