俺が痺れた男たち④


NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』で黒田官兵衛を演じるV6の岡田君がこの間、バラエティ番組で好きな歴史上の人物第三位に雑賀孫市を挙げていた。一位はやはり黒田官兵衛で「芸能界で一番詳しいっすよ!」と、つばきを飛ばすほど彼はかなりの歴史好きだそうだ。
一方、ジャニーズと関係もなければ役者でもない俺は歴史に疎く、歴史上の偉人たちがただの人殺しに思えて仕方ない。しかし、しかしだ、好きな歴史上の人物を一人挙げて下さいと聞かれれば間違いなく雑賀孫市と即答する。孫市は痺れるのだ。つまり岡田君の三位の人物が俺の一位なのだから、NHK関係者の皆さん、大河ドラマのオファーお待ちして御座候。

※ここに書く雑賀孫市は主に司馬遼太郎著『尻啖え孫市』や二宮隆雄著『雑賀孫市――信長と戦った鉄砲大将』の鈴木孫市などを混濁させた俺の中での孫市のことなので、ちゃんとした鈴木孫市を知りたい方は鈴木眞哉氏の著書『紀州雑賀衆 鈴木一族』をオススメする。

戦国時代に活躍した織田信長や豊臣秀吉と同時代に生きた男、雑賀孫市は紀州雑賀衆の大将だ。紀州雑賀とは現在の和歌山県和歌山市全域のことを指している。ここで雑賀孫市は父である鈴木佐大夫の拵えた鉄砲傭兵集団を束ねる戦国大名として育ち、織田信長を苦しめることになる。(ヤングマガジン連載中の『センゴク』シリーズに登場するソバカスがある奴らで一番格好良いオジさんと言えば分かる人も多いのではなかろうか)
石山本願寺につき信長に徹底抗戦した孫市。一説によれば本願寺との戦いがなければ織田信長は天下統一を成し遂げることが出来たのではないかとまで言われている。それほどまでに信長を苦しめた孫市。「泣かぬなら 殺してしまえ 信長を」と言ったか言ってないかはさておき、これほどまでに強力な男が何故現代においてあまり知られていないのか。

その理由の一つには現存する歴史書や資料に孫市の情報が圧倒的に少ないことが挙げられる。戦歴はあるが、人物像がまるっきり分らない。生まれや活躍していた時の年齢、家族構成、何時頃から鉄砲を学び、いつ死んだのか。しかもそれだけではなく、未だに彼が何者なのかも明確には分かっていないのだ。そして知られていないもう一つの理由に孫市らしき人物が何人も存在していることが挙げられる。鈴木重意、重兼、重秀、重朝、重次と候補が何人かいるが、この中の誰が本当の孫市で孫市は一体誰なんだと混乱するほどややこしい。まるで怪人二十面相みたいな奴なのだ。

さて、そんな謎多き男雑賀孫市が司馬遼太郎の小説『尻啖え孫市』や二宮隆雄の小説『雑賀孫市』で非常に豪快且つ女好きとして克明に描かれている。戦の合間に女を抱き、偵察に行っては女を抱く。終いには好きな女が一向宗徒だから信長を討とうと立ち上がるくらいだ。もしも、孫市を主役とした大河ドラマをNHKがやるとするならば、間違いなくモザイクとピーの応酬となるだろう。そして茶の間のお爺ちゃんお婆ちゃんは「テレビが壊れた、電気屋呼ばにゃ…」という風になってしまう(この助平過ぎる性分が世間に知られない最後の要因だ、と俺は勝手に思っている)。
とにかくそれほど孫市は女が好き。『尻啖え孫市』では孫市と藤吉郎という男が奇妙な友情で結ばれるが、これは互いの趣味が似ていたからなのかもしれない。木下藤吉郎、後の豊臣秀吉もかなりの女好きであったとされているのだ。他にも彼の女好きが象徴されているものに中上健次の小説『枯木灘』がある。主人公秋幸の父、浜村龍造は先祖である浜村孫市(雑賀孫市)の石碑を村の墓場に建てるのだが、その石碑というのがでかでかと聳える孫市の勃起した男根なのだ。

こんな性欲の化身みたいな奴がはたして痺れるかどうか。それは孫市を語る上で重要になってくる戦、石山合戦までの流れを知れば分かる。
一般的に、織田信長が仏教思想を嫌っていたところから石山本願寺と対立し、石山合戦が起きたことになっているが、一説には経済的に力のあった本願寺が信長の野望の前に立ち塞がっていることと、要塞の如く聳え立つ本願寺の立地を手にしたい信長の願望から起きた戦とも言われている。
この石山合戦が起こる数年前、孫市は田舎大名の織田信長どころではなかった。三河の一向一揆に参加し、家康を叩いた。次に畿内一帯を掌握する松永久秀VS阿波の三好三人衆の戦いに参戦、三好側に付いた孫市は畠山氏を悉く敗北に追い込んだ。まさに順風満帆、天下に孫市の名を知らしめる時期が来ていた。
ところが、目もくれていなかった田舎大名の織田信長が、三好三人衆を阿波に帰し、松永久秀を手懐けた。更には豪商が集まる堺(今の大阪)を手中に収める。この驚異に初めて気付いた孫市は少々焦った。雑賀は堺から鉄砲を買っていたのだ。この頃から孫市と信長は互の懐の内を探り合うようになり、信長は雑賀衆を味方につけるために孫市のもとへ使者を送る。孫市はほくそ笑んだ。

〈織田家もわしの力を欲しがっておる…〉雑賀孫市――信長と戦った鉄砲大将より

そこへやって来たのが石山本願寺家老、下間頼廉。彼は信長が攻めて来たときは是非とも本願寺側について欲しいと孫市にせがんだ。この時スケベで無頼な鉄砲大将は日本最大の勢力からオファー殺到だったのだ。迷う孫市。一向宗徒が多い雑賀ならば本願寺につくのが必須。つかなければ民から何をされるか分かったもんじゃない。しかし信長もかなり魅力的な男(糞生意気ではあるが)。信長と顕如に挟まれ、悩んだ末に孫市は本願寺についた。それから石山合戦の大将を勤め、およそ十年にも渡って信長と闘うことになる。
もしも、ここで孫市が織田家に加担していたら歴史の教科書はがらりと変わっていたかもしれない。本願寺法主、顕如を弥陀如来の元へ瞬時に送り、信長は朝鮮へ進出、鉄砲を使う明智光秀は孫市と共に「殺し間(光秀の必殺技)」をやっていたかもしれない。というのは考え過ぎか。

そうならなかったのは、この雑賀孫市の奔放な性格の賜物なのかもしれない。物語の中の孫市は自由気ままな性格だ。そのため人を有益か無益かではなく好き嫌いで判断する。坊主嫌いだが法専坊信照という友を持ち、織田側だけれども滝川一益、木下藤吉郎という友を持っている。彼はその人間が魅力的であれば敵味方関係なく好きになる。と、これを書いていて思ったのだが、孫市には信長を仕留めるチャンスが幾らでもあったようにも思える。実際、何度も信長を窮地に立たせた。けれどもそうしなかったのは孫市にとって信長は嫌いだけれども大好きな遊び相手だったからかもしれない。
まぁ、五百年以上も前のことなので解る由もないが、生粋の遊人である彼ならそう思っていたに違いない。そして数々の女を抱き、鉄砲を撃ち、戦に繰り出して、一人豪快に笑う。そこに神も仏もなくあるのは自由のみ。こんな誇大妄想ばかり考えているから俺は女にモテないのだろうか、しかし幾ら妄想してもし足りない孫市の力、流石といったところである。

オシリ・ギャラガー

孫一