俺が痺れた男たち⑤


                    「どぉぉぉーん!」

新井英樹ワールドイズマイン

もしアナタが神なら?

というわけで今回は新井英樹と彼の描いた漫画『ザ・ワールド・イズ・マイン』(TWIM)の話をしようじゃないか。いつも通り痺れるか痺れないかは自由です。

故、深作欣二が亡くなる直前に映画化する予定だったTWIM。始まりは今東北新幹線で話題の石川県。冬の波間に男二人。背毛の濃いモンちゃんと爆弾おたくトシ。彼らは日本各地に爆弾をバラマキ、無差別テロをおっぱじめる。邪魔する者は誰であろうと容赦なく殺すモンちゃん。怯えながらも彼に魅了され、爆弾を作るトシ。二人はやがて世界を巻き込む「トシ・モン」コンビへと変貌する……時同じくして津軽海峡沿岸に巨大な怪獣が出現する。通称ヒグマドン。街を破壊し、人々を死に追いやっていく。圧倒的な力。神の業。

新井英樹を漢字一文字で表すなら「怒」これに間違いない。その怒りは作品の端々に感じられる。デビュー作『8月の光』ではスポーツマンシップと己の間で葛藤するラガーマンを青春たっぷりと描き、代表作『宮本から君へ』はサラリーマンが幸せへと向かう道のりを泥臭く描いた。『キーチ!』なんて怒って怒っていかりや長介だ。俺が思うにこれらの作品は漫画の常識を変えたと言ってもいい。
スポーツマンはスマートでなければならない、サラリーマンは上司やお得意先の命令をしっかり聞き、社会のルールを遵守する。子供は子供らしく皆と遊んでいなさい。しかし生きている以上必ず生まれる怒り、人間の怒りを人々はまっすぐ見つめたことがあるのか? 疑問は抱かないのか? 新井英樹は誰も描かなかった社会の建前を当たり前の怒りでぶち破り、そして怒りから人の幸福にいたるまでの道のりを見事に描いてくれるのだ。
ただし、テレビ局や映倫にクレームを入れる輩や学校に現れるファッキンPTAの「怒」とは一線を画す。思春期まっさかりのヤンキーや抗争真っ盛りのヤクザの「怒」では治まりきらない。聖戦に向かう青年と敵対国家の不釣り合いな「怒」とも似ていない。もちろん、むしゃくしゃぺちゃくちゃネットに書き込むどっかのアホの「怒」なんて……「 Say hello to my little friend! 」

それでいて乾いた怒りや情熱的な怒りでもない、彼の「怒」。ダイナマイトの導火線に火をつけて、細かい背景の描線一本一本にそれをぶち込んでいく。熱した鉄をひたすら叩く刀鍛冶のような爆発! ところが、物語のラストに新井英樹という人間の怒りは綺麗さっぱりと昇華され、新たなるカタルシスを読者に与えてくれる。

新井英樹がこの漫画で描こうとしたのもの。それは神だ。しかし漫画の何処にもブッダやキリスト、アッラーにヤハウェなどの神は出てこない。主人公のモンちゃんは生まれてこのかた神を信じたことがない。それ以前に彼は自分が世界の王だと主張する。対するは世界。ヒグマドンを含めた世界なのだ。おのずと物語は凄惨を極めてゆく。

ワールドイズマイン2

「使え、力は絶対だ」

『新説 ザ・ワールド・イズ・マイン』でのインタビューにて、新井英樹はこんなことを述べている。「こっちとしては道徳の教科書を描いたつもりです」
なんということだろうか。マシンガンで顔面をぐちゃぐちゃにしたり、子供が怪獣にふき飛ばされるようなシーンが満載。ページの隅々に暴力と死がぎっしりと詰まっている。にも拘らず彼は人間の生を描いているというのだ。
我々は普段何気なく生活しているが、周りを見れば暴力や死が溢れている。交番の前を通れば本日の死亡事故者数が表示してある。それ以前に動物を殺し、我々はそれを食して生きている。それも無意識に、だ。学校では気付かぬうちに友人たちから仲間はずれにされ、気付かぬうちに友人を仲間はずれにする。自分を押し殺し、へらへらと笑って暮らし、都合の良いところで偽善を掲げる。我々はそういう世界で暮らしている。
だったら誰が俺を否定できる?そう言わんばかりにモンちゃんは次々と人を殺めていく。
しかしそんなモンちゃんもヒグマドンという超越的な力と対峙し、痛みを知る。ヒロインのマリアと出会い、言葉ではない愛を知る。一方で、相棒のトシは痛みを忘れるかのように人を殺していく。はたしてトシ・モンどちらが人間なのか? そもそも人間とはなんぞや? 読めば読むほど考えさせられる、そこが新井英樹の言った道徳の教科書の部分なのだ(このコンビが相対的に変化していく部分を見ていくという面白さも、この漫画の醍醐味だ)。やがて神格化される二人に便乗し、日本中で殺人が起こる。「俺は俺を肯定する」モンちゃんが放った一言が瞬く間に流行語になる。

けれども実際、流行ってのは短い。そんでもって命も短い。ここで最初の一文に戻って欲しい。神のような力を手にして世界はあなたの思うがまま。そのとき痛みを感じることはあるのだろか。神は死に、命への疑問も忘れ、のうのうと日々過ごす我々に対するメッセージが「ザ・ワールド・イズ・マイン」だ。
俺は新井英樹の日本人、いや人間に抱く怒りや人々の醜怪さに対する美意識の高さに、いつも痺れる。華麗なダンスステップのような台詞に痺れる。新井作品のキャラクターたちが発する衝動や愛に痺れるのだ。

現在スペリオールに連載中の『なぎさにて』。世界各地に謎の巨大樹が出現し、女子高生なぎさは家族とともに人類滅亡のさなかでどう生きる……って今度は世界VS女子高生? オージーザスクライス!なんて祈る前に新井英樹と踊ろうぜ。

オシリから君へ