オシリ・ギャラガーのB級映画バンザイ『女体地獄 悪魔の乱交儀式 ブラッド・サバス』


 

 ベトナム戦争を舞台にした話や元ベトナム帰還兵を主役にした映画は数多い。そしてどの主人公も数奇な運命を辿っていくのだ。今回紹介するB級映画もそんな数奇な物語。

 メキシコ国境付近の山奥を旅していた元ベトナム兵士のデイビッドは、キャンピングカーに乗ったヒッピーのバカ女たちに絡まれ、身ぐるみを剥がされてしまう。デイビッドは近くの泉で暮らす美女のヤーラに助けられる。二人はすぐさま恋に落ち、健気なデイビッドは日に日にヤーラとの暮らしに思いを募らせる。どうにか二人で暮らさないか?とアタックするも、

「アタシ魂がないの。だから無理」

ガビーン!そして二人を見つめる一人の熟女ヤロッタ。ヤロッタはアナルパールのような蝋燭をシコシコ握り擦って「これはデイビッドの魂!」とワケの分からんことを叫びだす。なんと実は彼女、毎年村から少女を一人生贄として貰い、少女の魂を抜いて淫乱女にし、代わりに村の繁栄を司る、という五穀豊穣の変態女神だった。

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「デイビッドはウチのモンや」

 そんなある日、村で豊作の祭り開かれることを知ったデイビッドは、村へ繰り出す。そこで一人の神父に出会う。

デイビッド「神父さん、好きな女に魂が無いんです。だから俺も魂棄てたいんですけど」

  神父 「な、なにい? このクソバカタレが!」

 

 翌朝、デイビッドはいたいけな少女を生贄に出す夫婦を目撃してしまう。デイビッドは「子供じゃなくて俺の魂を捧げよう。俺ヤーラと暮らしたいし」と夫婦を説得し、彼はヤロッタの住む丘の根城へと向かう。

こう書くと、デイビッドが恋に振り回される一途なおバカさんに感じられるだろうが、実はそうではない。映画の要所々々でデイビッドが体験したベトナム戦争のフラッシュバックが挟まれる。ジャングルの奥地を一人で進むデイビッド、すると木々の隙間から足音が聞こえて、ババババババババ!「ファッキンチャーリー!」気付くと血に塗れたベトナムの子供たちが地面に転がっているではないか。しかもそれだけではない。味方からの空爆、生死の堺を彷徨う相棒、蒸し暑くて今にも気が狂いそうになるジャングル!彼の脳内に忌まわしい記憶が次々と蘇る。

それもそのはず、彼は戦争から帰って来た兵士がよく患うというPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥っており、酷く苦しんでいたのだ。つまり、デイビッドは恋人のために魂を捨てるのではなく、自分が生贄になることで忌まわしいベトナムの記憶から解放されたがっていた。

しかし本人はそのことに気付いてない。否、気付いてはいるが敢えて自分の気持ちにシカトを決め込んでいた。生きたまま腐り果てそうな戦場から帰ると、お国はビートジェネレーションに感化された裸のヒッピーどもばかり。全てが糞みたいな世界だ!

そして遂に彼はヤロッタと素っ裸の待女たちに囲まれて魂を捧げる。「これでヤーラと一緒に自由を手に出来るぞ!」

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これぞ乱交儀式!

ところがどっこい、そうは問屋が卸さない。デイビッドは徐々にヤロッタの淫靡な魔力に吸い寄せられていく。そして遂に彼は人を殺めてしまう。それもあのとき「クソバカタレが」と自分を叱ってくれた神父を。デイビッドは神父の首を切り落とし、女王であるヤロッタに捧げる。奇しくもその現場を目撃してしまったヤーラは失望し、彼の元から立ち去ってしまう……ああ!なんて馬鹿なデイビッド!それもそのはず、デイビッドは基よりヒロインのヤーラは、最初から最後まで魂を持っていたのだ。もし彼女に魂がなければ、恋だの愛だの神父の首だの、で苦しむことはない。魂のない女なんてこの世にいないのだ!(それでは何故、最初にヤーラは「魂がない」なんて言ったのか? そこは俺にもわかりましぇん。女心はいつも複雑なんだそうです)。

そして本当に魂がないのは魔女のヤロッタの方だった。散々悪事をしでかし、殺人教唆までやってのけたくせに、映画の終盤、彼女は神父の首を眺めながらこう呟く「みんなどこにいるの……」。

恋のあっけなさだけでなく、戦争の悲惨さや空虚さをファンタジックに描いたB級映画は世界にこれ一本だけだろう。

 

オシリ・ギャラガー