柴田犬人の『クソガキ強化月間』アダ名で呼んでくれ


 

アダ名とは不思議なものだ。つける者がいれば、つけられる者がいる。一つ間違えれば心に深い傷を負わせ、逆にそれが救いになったり、その人にとって大きな要素の一つとなる場合もある。アダ名とはつまり諸刃の剣だ。

子供のころ、そんな諸刃の剣がいくらでもあった。小学生たちのなんて自由で残酷なことか。彼らは相手の気持ちなどまるでお構いなしで、思い思いにアダ名をつける。

 

小学一年生のころ、隣のクラスに、M君というリスザルによく似た男の子がいた。彼の特技は尻を丸出しにし、友人たちを笑わせることだった。そんな彼のアダ名は『モモのケツのハゲ』。

最初に耳にしたときは、まさか、だったが本当なんである。

おれの記憶では、『モモのケツのハゲ』というアダ名を彼は確実に嫌悪していた。そしてそのアダ名で呼ばれる度に、大きな瞳をカッと見開き、呼んだ者を追い回すのだ。しかし、中々捕まえられないM君は、その場でパンツを脱ぎ、尻を丸出しにして、からかう友人たちを笑わせようとする。ところが、友人たちは再びからかってアダ名を呼ぶ。

尻を出すから『モモのケツのハゲ』なのか『モモのケツのハゲ』だから尻を出すのか、という卵と鶏のジレンマを抱いたおれは、尻を出さなければいいという答えを出した。しかしどうやら彼にはその選択肢はなかったらしい。彼にとって尻を出すことは何物にも代え難い至福の行為なのだ。なんと因果な少年だろうか。

一方、同じクラスだったSさんの場合は『下猿高原』だった。誰がどういう理由でつけたのか、今となっては定かではないが、当時のおれは中々イカしたネーミングセンスだと思った。つけられた当の本人のSさんはやはり酷く憤慨していた。(おれはこのSさんを主人公とした「下猿高原の道」というタイトルの漫画を描き、もちろん、しこたま先生から叱られ、反省し、漫画家の夢を諦めた)

Sさんは深く傷ついていたに違いない。そのうち学校を転校してしまった。

 

その他にも覚えているのは五年生のとき同じクラスになったS君のアダ名だ。彼なんかは、大きなおむすび型の顔をしていたせいか毎日「おい、このアンパンマン」と友人たちにからかわれていた。アンパンマンはまだ正義の味方で可愛らしい。ところが、運が悪いことに、そのときたまたま歴史の授業で「パンゲア大陸」が登場した。

S君はその日から「パンゲア大陸」と呼ばれるようになった。酷いときになると、「おい、パンゲア」のみで、大陸はなしだった。

 

話を一年生の頃に戻そう。

それからしばらくして、おれは近所の少年少女たちからアダ名を命名された。

「おまえは柴田ケントだから柴犬だ」

「しばけぇん! しばけぇん! しばけぇん!」

このときおれはSさんの気持ちを充分に理解した。当時のおれは内気で誰とも喋らず、輪の外からみんなを眺めているような少年だった。そのせいか馬鹿にされていてもなにも言い返せなかった。

そんなある日おれは、『プース君』と呼ばれる、近所のリーダー格の少年とばったり遭遇した。プース君はいつも背中に黒いマントをつけ、裸足で外を歩いていた。そう彼は少し変わっていたのだ。

「スープを飲んでプース君!」意味不明な自己紹介を叫ぶと、プース君がこちらに向かって駆けて来た。おれは走って逃げた。が、裸足のプース君はとてつもなく速かった。そしておれは捕まった。

「なぜ逃げる?」とプース君が尋ねる。

「怖いから」とおれ。

「おれは正義の味方、その名もプース君だぞ」

「ねえ、一体誰がそんなアダ名をつけたの?」

「もちろんおれだ」

どうやらそれは事実らしく、彼は恥ずかしげもなく自分で『プース君』と命名していたのだ。その姿は正に威風堂々だった。なんだか柴犬ごときで悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

おれはそれ以来、柴犬とからかう者が現れても嫌な気分になることはなかった。そして大人になった今でもたまに「しばけぇん!」と馴れ馴れしくからかってくる奴がいる。そんなときは威風堂々とこう言ってやることにしている。

「おれは柴犬を喰ったから柴犬なんだぜ」