『大人になれば vol.14』 byひろし


 

ばあちゃんは、7年前に亡くなったじいちゃんと話せるという。

正月ということでばあちゃん家に来て二人で過ごしているのだが

確かに結構話している。

ご飯を食べる前には「お父さんいただきます。あんたこれ嫌いだったわね」

じいちゃんの出身地・茨城弁がテレビで流れると「あら、あんた懐かしいじゃないの。あんたよりヒドイわ」

俺がオナラをかましてやると「この子のオナラは私に似たのかしら。あんた程クサくないの」

というように完全なる二人称トークが繰り広げられるのだ。

別に酒を飲んでるわけではなく、

未亡人の肩書きを背負ってから怖いもの知らずになっただけでボケているわけでもない。

シラフの状態で幽霊が見えてしまっているのか、

もしくはじいちゃんとの会話自体が自然と体に染み付いているのか定かではないが、

一つ言えるのは、ばあちゃんはじいちゃんのことが好きだったということである。

これは、間違いない。

 

 

じいちゃんとばあちゃんは、お見合いではなく恋愛結婚だったらしい。

二人は同じ会社に働いていたのだが、そこで個人データの管理をやっていたばあちゃんが

じいちゃんの顔写真をみて「あら、男前ね」と言った具合に見初めたという。

当時25歳くらいのじいちゃんは、彼女がいた上に恐ろしいほど飲み歩き遊んでいたようで、

茨城から集団就職で東京に出てきて約10年、すっかり東京の波に呑まれていた。

そんなじいちゃんを気になってしょうがない、東京品川出身で当時20歳のばあちゃんは、

じいちゃんが近くに来るたびに「あなた、茨城出身なんですって。そういえば訛ってましたの」

てな感じの小話をして気を引いていたようである。

しかし、孫が言うのもなんだが、当時の写真を見るとばあちゃんはめちゃくちゃ美人なわけではない。

レベッカのボーカルのように”歳をとってからマシになる”タイプなのである。

色気よりも母性で勝負する東京の女。それが、リングの青コーナー側に立ったばあちゃんだった。

一方、じいちゃんの当時の彼女は「ひとみ」さん。

ひとみさんはじいちゃんと同じように地方から東京に出てきて、以来スナックで働いていたという。

年上だったのか年下だったのかは分からないが、恐らく大人のセクシーさに溢れ色気たっぷり。

大した酒も飲んでいなかった男の前に、氷を躍らしながら洋酒を艶っぽく口に含む女。

それが、赤コーナー側に立った現チャンピオンのひとみさんだった。

じいちゃんが惚れに惚れたのだろう。そんな色気づいた男に対して、ばあちゃんが惚れた。

戦いの火蓋は静かに開かれたのだ。

 

 

とは言ったものの、どんな戦いが繰り広げられたかは知らない。

ここまでの話は、母ちゃんがばあちゃんが聞いた話の又聞き。いくらか脚色もあるだろう。

当たり前だが、結果は青コーナーのチャレンジャーばあちゃんの勝ち。そう、略奪したのである。

しかし、この後のばあちゃんは辛いことばかりだったという。直接聞いたことはないが、

二人の子供を流産してしまい、じいちゃんやその家族から白い目で見られ続ける毎日。

やっと生まれた男の子の誕生で、白い目ひんむいてやがった奴らを見返してやったのも束の間、

その後授かった俺の母ちゃんの名前を、じいちゃんが「ひとみ」にしようとしたのをキッカケに大喧嘩。

さらに輪をかけるように重度の更年期障害を発症し、専業主婦生活もままならないほどになったという。

それでもじいちゃんは、何をするでもなく頑固な親父でいたという。

とことん疲れ果て、それでも優しい言葉一つかけないじいちゃんへの怒りは頂点に達し、

ある夕飯時、たっぷんたっぷんに入った10kgはあろうかという魔法瓶をじいちゃんに向けて投げたらしい。

じいちゃんのおデコにぶつかり、たんこぶ間違いなしの鈍い音。

それでも何も言わず、何事もなかったように再びそれまでの生活に戻った。といういうのが、母ちゃんの一番の思い出だそうだ。

 

 

それから初孫である俺が生まれるまで、じいちゃんとばあちゃんはろくに口も聞かなかったようだ。

俺は優しいじいちゃんしか知らない。

小学生の時に算数の宿題をやりたくなくて愚図っていると、

俺の右手に鉛筆を握らせながら全体をぎゅっと掴んで、そのままじいちゃんが筆を進め計算問題を解いてくれた。

8の段の掛け算を結構間違えていたのを覚えている。

肝臓ガンの手術のために入院する直前、難病もののテレビ番組を見ていると

「腹が痛くなるからチャンネル変えてくれ」とこそっと俺に呟いた。

その話をばあちゃんに言いつけたら、めちゃくちゃ笑われて罰の悪そうな顔をしていたのを覚えている。

そんな優しいじいちゃんになったことを、ばあちゃんはどう思っているのだろう。

じいちゃんの介護をしている間、しばしばこんなことを呟いていた。

「最後まで迷惑かけて。あんた感謝しなさい」

その言葉を聞き流すことしかしなかったじいちゃんはどう思っていたのだろう。

小さくなった背中に布団をかけてやるばあちゃんは、少しだけ笑っていた。

 

 

じいちゃんが死んで、しばらくはシュンとしぼんでしまっていたが、

突如じいちゃんと喋る能力を身につけたおかげで、やたらお盛んになった。

俺の母ちゃんと骨肉の争いとも言えるような大げんかをしてみたり、

バスでギャルから「うるせえよババア」と言われるくらい騒いだりと手に負えないほどだ。

近所の老人たちが集まるレクリエーションに参加しては、

自分より”老”な人を探し余計な節介をして安心するなんて非情さも出てきた。

挙げ句の果てには、若いイケメンマッサージ師と話を合わせるためにiPad教室に通ったり、

「歳下のあのじいさん、いつも私のそばに来るの」など縦横無尽な異性交遊に励んでいたりと

思いつくエピソードを挙げるだけでも、どれだけぶっ飛んでいるか理解していただけるだろう。

ただそれでも、じいちゃんの写真とラジオを枕元に置き、

今日の出来事について優しく話しながら眠りにつく。

そして、寝たかと思うと「ブッ」。あれ、起きているのかと思うと「スー、スー」。

じいちゃんが生きてるうちには、聞いたことがないであろうばあちゃんのオナラ。

まだまだ音が若い。長生きしてくれよ。