『大人になればvol.11 〜ヌシ編2〜』


 

以前、コラムで取り上げたヌシというやつと再び会った。

6年間通っていた大学をようやく卒業し、晴れて就職。

そしてどうやら初任給をもらったらしく、

「留年している間に使ってくれ」と貸していた原付がボロボロになっていたのを

その貴重な初任給で直したから返してくれるという。

新品で買って2年くらいしか乗っていなかった原付が、

それからのヌシとの2年間でどのように変わっているのだろう。

期待よりもむしろ不安の方が明らかに大きい中、

とりあえず自分の地元の駅で待ち合わせをした。

 

 

待ち合わせの時間ちょうどくらいに到着。

どこにいるのか聞いたところ、パチンコ屋にいるという。

この時点でヌシがどういう人物なのか大体の想像はつくはずだ。

約30分くらい運試しをしてから店を出て(案の定あたらず)、

そこで1度目の大きな衝撃が待ち受けていた。

なんと、ヌシは立派な中型のバイクを持っていたのだ。

黒くピカピカしているヘルメットをかぶり、もう一つのヘルメットを渡してくる。

「どうしたんだ?このバイク。買ったの?」と聞いてみると

「これ0円。原付が壊れて困ってたら先輩がくれたんだよ」と

エンジンをブンブンふかしながらも確かにそう答えていた。

パチンコ屋の場違いな灯りに照らされているヌシの背中は、

すでにおれのことを待っている。

仕事終わりでスーツにネクタイ、ビジネスバックを携えながら

修理したての原付が待つヌシの家まで、

春の陽気が続いているとはいえ夜風が少し染みる金曜の五日市街道を進んでいった。

 

 

30分ほどしてヌシの家に到着。

門の手前に停まっている原付は、青いホンダのトゥデイに間違いなかった。

期待しながら久しぶりの愛車に近づいていくと

おやおや中々具合がいいじゃないかと思うほど洗車したてのピカピカ。

壊したのをしっかり直したんだろうなと感心したのも束の間、

もはやこの時点で少なくとも2点の異変を感じていた。

 

①左側のミラーが根っこから無くなっっている

②グリップの手触りが以前と違う

 

②に関しては、まあとりあえず変えてくれたのだから良いとして

①には度肝を抜かれた。

直したから返すという話で会ったはずなのに、

誰が見ても明らかな欠損箇所があるという2度目の大きな衝撃。

「あれ?ミラーってもともとなかったっけ?」

野暮だなと思いつつも聞いてしまった。

「タイヤがパンクしてそれは直せたんだけど、こっちまで回らなかった。悪い!」

おいおい、タンクがパンクしてミラーがなくなってグリップが入れ替わって

ボロボロのレベルが想像をはるかに超えてるぞ!

ミラーがなくてもとりあえず走れるが、そりゃあタイヤがなければ走れない。

優先順位のつけ方はナイスなのである。

しかし、これで終わらないのがヌシのヌシたる所以。

想像を少なくとも二段階で超えてくるのが、ヌシなのだ。

仕方なく運転しようとイスの下に収納されているヘルメットを取り出そうとした時、

3度目の衝撃が待ち受けていた。

なんと、ヘルメットが新調されていたのだ。

これに関してはすかさずツッコミ。するとヌシは少し目を逸らしながら、

「ああ、壊れちゃってさ。少しヒビが入って」と小さな声で言った。

一体、ヌシになにがあったのか、どんな事故を起こしたのか、

どれだけ修理代がかかったのかは知る由もない。

ただ一つだけ確かなことは’やっちまったな’と思いつつも、

どうにか最高の状態で原付を返そうと思っていたことである。

「たぶんお前に似合うと思って、緑色のやつ買ったんだけど。どう?」

被ってみるとちょっと頭のサイズと合わなかったのだが

「おう。サンキュー、サンキュー。いいね!」

と答えてしまったのである。

 

 

それから原付を俺の家に置いたあと、飯を食いに行くことになった。

どうやらヌシとしては、我が家がどこにあるのかを確かめたかったらしい。

スーツから普段着に着替えている間、ヌシはバイクを停めてたばこを吸いながら

家の下でしばらく待っていた。

その時、偶然母親が帰ってきて少しだけ挨拶したらしく

「こんばんわ。いつもお世話になってます!」

とハキハキと一般的な対応をする一方、吸っていたたばこを背中に隠したという話を

後から母親から聞いた。そういう所が憎めなかったりするのだ。

それからまたヌシのバイクに二人乗りをし街へ繰り出し、

なぜかヌシの無職の友人が合流し(初対面)

3人で閉店間際のパチンコ屋でちょっとだけ遊んで(今度はとんとん)

なんとなくの自己紹介をした後チェーン店のトンカツ屋で晩飯を食って解散。

不思議な不思議な夜はこうして幕を閉じた。

 

 

次の日、改めて原付を見渡してみた。

新品のヘルメットは、改めて被ってみると案外フィットし結構似合っているなと思いつつ

収納場所に戻そうとした瞬間、気になるものを見つけた。

たましん(多摩信用金庫)の封筒。

そこには「自賠責保険1年分」と書かれ、中には1万円が入っていた。

ミラーよりも、自賠責保険。ヌシ、ナイスだぜ。

 

『ゆれる』EVISBEATS feat.田我流

 

ひろし