『大人になればvol.10 〜父ちゃん編〜』 ひろし


 

 

父ちゃんの名前は、昌之(仮名)という。

千葉県船橋市出身、市立船橋高校バレー部卒業。

高校時代はかの有名な暴走族グループの末端構成員だったらしい。

どうにかこうにか高校を卒業し、一丁前に決まっていたリーゼントをたしなめ

コンピュータの専門学校に通い’意味のない日々’を過ごした挙句、

まさかの留年をくらい3年かけて卒業というウルトラC。

それから、コンピュータとは無縁の青果市場に就職し、

高校時代のやんちゃのせいで失くしたほぼ全ての前歯の空白をそのままに、

どんな業務かは知らないが働いていたらしい。

そこで見初めたのが、母ちゃんだった。

 

母ちゃんは、今でこそ年季の入ったプロレスラーみたいな安定感ある体型だが、

当時はけっこう引っ張りだこだったらしい。

アッシー、メッシー、ちょっとお金持ちのカレッシーなどなど

手札はロイヤルストレートフラッシュ状態。母ちゃん曰く「ハッピーデイズ」が続いていたという。

もう足りないものは何もないんじゃないか?

後は、バブルのノリに乗っかって何不自由ない生活を手に入れるだけ。

そんな時、手札は十分に揃っているにも関わらず、

もうこれ以上引いてはいけないのにも関わらず、

ルール違反をしてまで引いた1枚のカード。

いや、もしかしたら強引に掴まされたのかもしれないが。

それが「前歯のないジョーカー」、父ちゃんだった。

 

ダイヤのキングは私に釣り合わない。

高校時代それなりにやんちゃしていたらしい母ちゃんが、

「前歯のないジョーカー」のみを手札に残した理由はそんな感じだ。

やがて結婚式を挙げるにあたって、

母ちゃんの父さんから「みっともねえから歯入れろ!」と怒鳴られ

1週間前にあわてて差し歯を入れたらしい。

普通、結婚する前に気になることだと思うのだが、まあそれは置いておこう。

「父ちゃんの熱意、母ちゃんの妥協」で始まった結婚生活は

「父ちゃんの嘘八百、母ちゃんの我慢」に続いて、

「母ちゃんの父ちゃんの右フック、父ちゃんのメガネの破損」なんて修羅場を乗り越えもしたが、

母ちゃんの三行半に対し、父ちゃんは返す言葉がなくなり

母ちゃん名義で買った車を勝手に持ってったまま、父ちゃんは消えてしまった。

 

気付けば、消えてからちょうど12年が経った。

いつだか忘れたが、またなぜかは知らないが

一度だけ晩飯を食べに戻ってきたことがある。

母ちゃんの特にやる気を出していたわけではない普通のカレーを、

2回もお代わりしたことを鮮明に覚えている。

昨日、母ちゃんと久々に酒を飲んだ。

自然と父ちゃんの話になり今まで知らなかった話がポロポロ出てきた。

4人兄弟の3番目で、唯一の男だったこと。

歯がないくせに、髪型は玉置浩二そっくりでカッコよく見えたこと。

今現在、52歳で新所沢に住んでいること。

そして、初めてのデートで『極道の妻たち』を新宿に見に行ったこと。

だからなんだという話でもないが一つだけ言えることは、

父ちゃんが玉置浩二の髪型で母ちゃんを『極妻デート』に誘わなければ、

自分がいなかったかもしれないということ。

ルーツを辿るという言葉は妙にカッコよく聞こえるものだが

図らずも自分のルーツを辿ってしまい、

まさかそれが『玉置浩二』と『極妻』だと知ることになるとは思わなかった。

大人になれば、こういうこともあるのだ。

 

『じれったい』安全地帯

https://www.youtube.com/watch?v=0lW6sP_NffU